4〜20mA物語
4〜20mAの直流電流信号がなぜ世界標準になったのか?(2)

 

北辰電機OB 長谷川好伸氏

 

今回は、計装用信号の標準化が図られた当時の技術的背景についてお伺いします。

*  *  *
 [村上]前回は、計装用信号における交流と直流の違いについてお伺いし、統一信号としては、直流の方が諸々の点で優れていることを教えていただきました。
 それでは、計装用信号における電圧と電流の違いについてはいかがでしょうか?
 [長谷川]計装用信号としては、電圧信号も電流信号も共に使用されています。まず、センサ自体に生じる信号は、熱電対、測温抵抗体など、mV単位の微小な直流電圧信号が多いといえます。そこで、センサの出力信号を変換してmVの統一信号とするならば、変換器は簡単な構成で済みます。当時、DC0〜10mVを統一信号として採用したメーカーがあり、現在でも分析計などではmVを出力信号とするものも少なくありません。
 しかし、電圧信号の問題点は、電流信号に比べてノイズに弱いことです。以下に、例を用いて説明します。
 図1のAが電圧伝送の場合の等価回路です。電圧伝送の場合、受信器をつないでも信号電圧を変化させないためには、理想的には、信号源(発信器)の内部抵抗R1が0オーム、受信器の受信抵抗R2が無限大であることが希望されます。したがって、伝送線に入った雑音電圧εはすべて入力信号E1に加わり、E1+εとして受信されます。また、電圧伝送の場合、R2が無限大であれば、信号線の抵抗R3の影響は受けませんが、実際にはR2が無限大ということはないので、長距離伝送のときには、信号線の抵抗R3の影響を受けることになります。
 次に、図1のBが電流伝送の場合の等価回路です。電流伝送では、受信抵抗R2をつなぐことによって、信号電流に影響を与えないよう、R2はR1に比べて非常に小さい値にします。したがって、伝送線に入った雑音電圧εの大部分は発信器の出力E1に加わり、発信器信号源のリップルが増したことになるだけなので、このことによって電流信号は影響を受けません。 
 電流信号のもう一つの利点として、2線式発信器への適用が可能であることが挙げられます。2線式発信器では、発信器自体の駆動用電力を電流信号から得ます。2線式発信器の回路例を図2に示します。フィールドの発信器から計器室の受信器に伝送されるアナログ信号の数が多い場合、伝送のための電線も多くなりますが、電源と信号を別々の電線で送る4線式や3線式発信器に比べ、回路駆動用の電源と信号を同一の1対の電線で送る2線式発信器は配線のコスト削減に結び付きます。
 以上に説明した理由から、ノイズを受けやすく、伝送距離の長いフィールドでの信号伝送には、電流信号の方が優れていることが分かります。さらに、普通、調節計の出力信号は操作部の駆動信号に使われ、電空変換器で空気圧信号に変換されますが、電流信号のときは増幅することなく、そのまま空気圧信号に変換可能であるという利点もあります。
 一方、受信計器は、電圧信号を入力とするものが大部分です。電流信号は、受信抵抗に流すことにより電圧信号になります。1つの信号を複数の受信計器で受けるとき、入力ごとに受信抵抗を直列につなぐことも可能ですが、計器ごとの信号の電位が異なり、これを実現するにはシステムの構成が複雑になります。ノイズが少なく、かつ計器室までの伝送距離が短い場合は1個の受信抵抗で電流信号を電圧信号に変換し、この信号を並列受信することにより、システムが単純になります。
 このような理由から、フィールドでは電流、計器室では電圧を伝送信号として使うのが、アナログ信号伝送において、優れた方式であるというのが大多数の意見でした。したがってIEC60381-2ではDC4〜20mAの電流信号とともにDC1〜5Vの電圧信号も規格化されました。
 [村上]ところで、どうして電流信号はDC0〜20mAでなく、DC4〜20mAなのですか?
 [長谷川]検出・発信器の出力はDC0〜10mVなど、0からスタートするものが大部分でした。現在でも、分析計などラボ用計器では、0からスタートする信号が大部分です。DC4〜20mAなど最小出力信号が0でない「ライブゼロ」は特殊な信号であり、分析計を扱っている化学分野の技術者はライブゼロの信号に戸惑うことがあります。
 統一信号にライブゼロが採用されたのにはいくつかの理由があったと思われます。
 一つは、停電や信号線の断線による無信号状態と、信号値ゼロの状態を区別する目的があります。線の断線で信号がゼロになったのを、信号値が最小になったと誤解して操作すると大変なことになります。オンラインで使用される信号では、「事故」と「信号最小」の区別が必要です。
 次に、ライブゼロの利点として、最低信号(DC4〜20mAの場合には4mA)以下の信号を使って増幅回路を働かせることにより、2線式発信器が作れることが挙げられます。信号の数が多く、比較的長距離の信号伝送を行うプロセス制御では、配線が減ることは大きなメリットになります。ただしIECで標準化を図った時代には、現在のように小電力で動作する増幅素子がなかったため、2線式発信器は力平衡式差圧発信器(伝送器)などに限られていました。
 もう一つの問題としては、回路設計上0mAという信号を作ろうとすると回路が複雑になるという問題がありました。当時使われていた出力段素子では、暗電流が大きく、信号ゼロでも出力が出てしまい、ゼロ信号を作るためにはプラスとマイナスの2電源を必要としました。
 さらに当時、空気圧の制御システムでは、0.2〜1kgf/cm2の統一信号が使われていたので、最小、最大の比が5倍のライブゼロ信号は電気、空気の混在するシステムで、互いの信号のやaり取りが容易であるというメリットもありました。